2011年01月21日

スポ根配列論に違和感を覚える。

ネタのつもりなのかもしれませんが、見過ごせないのでマジレスします。下駄スレ から引用します。

>>518
規則性をそんなに見いだせない配列は、
記憶の負担(脳の負担)が高いなんて批判を受けるけど、
はっきりいって、それは自分が覚えられないせい。

(中略)

この点、練習をたくさんすることはもちろんだけど、
その練習の中身をしっかりと吟味することが大切だろう。
簡単な練習を延々と繰り返しても、
能力向上にはさほど有効じゃない。

自分なら、乗り換えでなくて、徹底的に練習することをすすめるよ。

覚えられない のではなくて、複雑な配字ルールなんて端から覚える気がありません。徹底的に練習する ヒマがあるなら、私はもっと他のことに時間を使いたい。

日本語配列の習得を自動車の運転に例えるなら、小梅配列を覚えて使いこなすことは、普通免許を取得して一般車で公道を走るようなものでしょう。最初こそ集中的な練習が必要ですが、以降はラジオや音楽を聴きながら、同乗者とおしゃべりを楽しみながらの「ながら運転」でも、安全や円滑な交通に支障がなければOK。休みの日しか運転しないサンデードライバーでも、運転の仕方を忘れることはありません。そんな「ながら運転」でもドライブは楽しめますし、目的地にしかと到達することができます。すなわち、文章を書くという目的は達せられます。

レースやラリーのようにクローズドなコースを使って、タイムをコンマ1秒を削るのに一喜一憂し、練習を3日休むと差し障りが出てくるようなアスリート体質な日本語配列とは、目指すものが根本的に違います。

普通免許で、一般的なクルマで、公道を安全快適に楽しくドライブできる。それと同じように、最初にちょっとだけ練習すれば、あとは極々普通のキーボードで、日々鍛錬することなしに、安全快適に楽しく日本語が入力できる。そういうところを小梅配列は目指しているつもりです。

どちらが良い・悪いではなくて、考え方、思想、理念が自分に合っているかの見極めが肝心です。くどいようですが、念のため申し添えておきます。

タグ:小梅配列
posted by 141F at 02:57| Comment(2) | TrackBack(1) | oyayubi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰です。
驚かれるかもしれませんが、私もまったく同じ思いです。一点だけ除いて。
どこかというと(お察しかもしれませんが)「極々普通のキーボードで」のところです。
私の活動は、親指シフトキーボードが「極々普通のキーボード」として世の中に受け入れられるようにすることであるとも言えます。
Posted by 杉田伸樹(ぎっちょん) at 2011年01月24日 00:25
ご無沙汰でした。

ULEV適合で、ABSやエアバッグといった安全装備が充実した最近のクルマに乗り慣れてしまうと、排ガスが臭くてシートベルト(≒専用キーボード)が唯一の命綱みたいな昭和のクルマに乗るのは少なからず覚悟が要りますね。旧車には旧車なりの楽しさがあることを説く分には構わないと思いますが。
Posted by 141F at 2011年01月24日 01:45
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改めて「批判」しとく。
Excerpt: 身に覚えのない指摘には、たとえ本質的な部分ではないとしても、きちんと反論しておきます。
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Tracked: 2011-01-26 02:51