2006年12月21日

松尾鉱業 凸型電機の謎(補足)

盛岡市内に置かれていた凸型電機ですが、私が最初に見た1973年頃と撮影を行った1988年とでは、敷地内での置き方が違っていたことを思い出しました。1973年頃は道路と平行に置いてあったのが、1988年には道路と直角の位置に変わっていて、「なんでわざわざ移動する必要があるのか…」と驚いたものです。

凸型電機の設置場所の変遷

Weblog 61℃>松尾鉱業 凸型電機の謎

  1. ED251 を1973年に盛岡市内に運んで、1978年までに東八幡平駅跡に戻して、1988年までに再び盛岡市内に運んで、1993年に資料館に寄贈した。

まさか、ね…。

鉄道廃線跡>松尾鉱山鉄道

また、近くの「松尾村歴史民族資料館」には、松尾鉱業鉄道(松尾鉱山鉄道)で活躍した電気機関車が保存されている。

これは、私も目にしたが、最近まで盛岡市内の解体業者にあったものだ。

松尾鉱業鉄道(松尾鉱山鉄道)廃止廃線後、電気機関車が埼玉県の秩父鉄道へ、電車が青森県の弘南鉄道へ移ったが、残った車両は、しばらく屋敷台駅構内に放置され荒れるがままだったようだ。

しかし、全国植樹祭で天皇陛下が八幡平に見られるということで、整理されたそうだ。

調べてみると、岩手県・旧松尾村で全国植樹祭が行われたのは1974(昭和49)年5月19日でした。東八幡平駅(屋敷台駅から改称)跡周辺には、保存された ED251 以外にも客車などの廃車体が残されていることから、この話はどこまで信用していいのやら。

posted by 141F at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | rail | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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