2012年08月12日

JR久留里線に乗ってきた

久しぶりに鉄分補給してきました。ディーゼルサウンドを味わおうと向かった木更津駅で出迎えてくれたのは、国鉄色に塗り替えられたキハ30の2輌編成でした。

真夏の上総路を窓全開で駆け抜ける

非冷房車×真夏だから、窓全開で車窓が楽しめた。

上総亀山駅に停車するキハ30

終着駅の上総亀山駅にたたずむ、キハ30-100+キハ30-98の国鉄色2輌編成。

キハ30の前照灯

この秋から新車に順次置き換えられていく。

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2010年09月21日

新型スカイライナーに乗ってきた。

たまには鉄分補給をと、この7月に開業した成田スカイアクセス線に乗ってきました。わざわざ出掛けるからには、最高速度 160km/h を誇る新型スカイライナーがいいに決まってます。てなわけで、いざ日暮里へ!

注目度抜群の新型スカイライナー

スカイライナー券を握りしめて、新装なった日暮里駅の専用ホームへ。シティライナーががらがらのまま発車し、普通電車1本を挟んで新型スカイライナーがやってくると、老若問わず注目が集まります。やっぱりイケメンが醸し出すオーラはひと味違いますね。

日暮里駅に進入するAE型スカイライナー

はじめチョロチョロなかパッパ

青砥まではもどかしかさを覚えたものの、高砂を過ぎて北総線に入ると俄然生き生きと走り出し、印旛日本医大から先の新線区間ではさらにグングン加速して、風光明媚な印旛沼の景色を楽しむのもあっという間。MAX160km/h は伊達ではなく、ダイヤ通りに日暮里から39分で終点の成田空港駅に到着します。

芝山鉄道線車窓

写真は本文と関係ありませんw

ついでに残務整理

  • 成田空港駅(無料連絡バス)東成田駅(芝山鉄道)芝山千代田駅(芝山鉄道→京成東成田線)京成成田駅(京成本線)成田空港駅

せっかく成田空港まで来たのだからと、上記ルートをたどって長年の懸案を片付けて、京成全線と芝山鉄道線、そして成田スカイアクセス等を含む北総鉄道線を完乗です。

予想外に引き付けられたのは、写真に掲げた東成田駅の地下ホームでした。ただでさえ人気のない長い地下ホームというだけでなく、柱の向こうには今では使われることなく放置されたホームまで見えて、廃線サイト管理人の血が騒ぎます(笑)。

京成東成田駅の地下ホーム

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成田新高速鉄道線の建設工事。
2008-03-30
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2008年03月30日

成田新高速鉄道線の建設工事。

印旛村側の築堤

成田市側の橋脚

甚兵衛大橋付近で見かけた、築堤と高架橋の橋脚です。ケータイでVGAサイズで撮影したため、見難い画像で申し訳ありません。2010年度の開業に向けて、工事は着々と進捗しているようです。

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2007年07月12日

「大鉄道博覧会」を見てきた。

江戸東京博物館で始まったばかりの 大鉄道博覧会 — 昭和への旅は列車に乗って — を見てきました。展示の目玉はピカピカに蘇った小型蒸気機関車2輌と、展望車のカットモデルなのでしょうが、どれも現役時代を知らないので正直なところピンと来ません(汗)。

キハ81系特急はつかりの登場を告げるポスター

キハ81系特急はつかりの登場を告げるポスター

身近だった東北本線は、物心がついた頃には既に485系や583系の特急電車が黄金時代を迎えていました。ディーゼル特急のパイオニア=キハ81系「はつかり」も、乗ることはおろか実物を見ることすら叶いませんでした。支線運用の蒸気機関車を見たような記憶は、おぼろげながらありますが…。

新幹線0系の取扱説明書

新幹線0系の取扱説明書

電化製品ですから、取説があっても確かに不思議ではありません。機会があれば読んでみたい。

宮下氏のレイアウト「岩倉町駅」

宮下氏のレイアウト「岩倉町駅」

数ある展示の中で、最も衝撃的だったのが宮下氏の一連の作品でした。鉄道模型やレイアウトは普段は全く興味がないんですが、作者の想いが伝わってくるという点でこれは「芸術」だと思いました。デジカメのファインダーを覗いていると、どこかの地方私鉄を撮影しているような錯覚に陥ります。

「宮下ワールド」ふたたび…。(編集長敬白)

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2007年02月13日

偶然の出会い。

花見川を渡るついでに京成線を撮ろうとしたら、普段は見かけない"撮り鉄"さんたちがちらほら。何かと思えば、懐かしい赤電色に塗り替えられた「開運号」編成こと 3295〜3298 が、間もなくやってくるらしい。ということで、コンパクトデジカメでポチっとな。Tv 1/350秒でもブレてました orz

花見川を渡る3200型開運号
花見川を渡る3200型開運号
京成千葉線 京成幕張−検見川
千葉中央方を望む
2007年2月
Ricoh Caplio R1
Ricoh 4.6-22.2mm

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2006年12月21日

松尾鉱業 凸型電機の謎(補足)

盛岡市内に置かれていた凸型電機ですが、私が最初に見た1973年頃と撮影を行った1988年とでは、敷地内での置き方が違っていたことを思い出しました。1973年頃は道路と平行に置いてあったのが、1988年には道路と直角の位置に変わっていて、「なんでわざわざ移動する必要があるのか…」と驚いたものです。

凸型電機の設置場所の変遷

Weblog 61℃>松尾鉱業 凸型電機の謎

  1. ED251 を1973年に盛岡市内に運んで、1978年までに東八幡平駅跡に戻して、1988年までに再び盛岡市内に運んで、1993年に資料館に寄贈した。

まさか、ね…。

鉄道廃線跡>松尾鉱山鉄道

また、近くの「松尾村歴史民族資料館」には、松尾鉱業鉄道(松尾鉱山鉄道)で活躍した電気機関車が保存されている。

これは、私も目にしたが、最近まで盛岡市内の解体業者にあったものだ。

松尾鉱業鉄道(松尾鉱山鉄道)廃止廃線後、電気機関車が埼玉県の秩父鉄道へ、電車が青森県の弘南鉄道へ移ったが、残った車両は、しばらく屋敷台駅構内に放置され荒れるがままだったようだ。

しかし、全国植樹祭で天皇陛下が八幡平に見られるということで、整理されたそうだ。

調べてみると、岩手県・旧松尾村で全国植樹祭が行われたのは1974(昭和49)年5月19日でした。東八幡平駅(屋敷台駅から改称)跡周辺には、保存された ED251 以外にも客車などの廃車体が残されていることから、この話はどこまで信用していいのやら。

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2006年12月18日

松尾鉱業 凸型電機の謎

資料の整合性が取れないというのは、廃線関係ではよくあること。岩手山の麓を走っていた松尾鉱業の凸型電機について、新たな疑問が浮かび上がりました。現在は 八幡平市松尾歴史民俗資料館 に保存展示されている松尾鉱業の凸型電機 ED251 は、廃線から保存展示までの間どのような経緯をたどったのか、今のところ二つの説が流布しています。

  1. ずっと東八幡平駅跡に保存されていた。
  2. 盛岡市内で一時保存されていた。

ずっと東八幡平駅跡に保存説

消えた轍 ローカル私鉄廃線跡探訪2 東北・関東(寺田裕一著・ネコパブリッシング・2005年)

廃止後、ED251は東八幡平駅跡での保存を経て、現在は松尾村歴史民俗資料館の屋外で展示されている。

なつかしの鉄道写真館>失われた鉄路>松尾鉱業鉄道

廃止から6年ほど経った昭和53年6月に八幡平をドライブしていたら、偶然松尾鉱業鉄道の廃車群を見つける。その場所は元の東八幡平駅構内と推定され、凸形電気機関車や無蓋貨車・客車や外された架線柱等が線路上に残されていた。

盛岡市内で一時保存説

国立科学博物館>産業技術の歴史>松尾鉱業鉄道ED251号

1969年の同鉄道の廃止後,長く盛岡市の丸久商店が保管してきたが,1993年に同商店より松尾村に寄贈された。

Website 61℃>松尾鉱業

廃止後しばらくは盛岡市内の住宅街にある廃棄物処理業者の敷地の一角に、大量のビールケースや雑多なゴミと一緒に据え置かれていました。少なくとも1973年から1988年までは、このような放置状態が続きました。

二つあった廃車体の謎

東八幡平駅跡と盛岡市内のどちらにも、松尾鉱業の凸型電機の廃車体は実在しました。

  • なつかしの鉄道写真館>1978年6月に東八幡平駅跡で撮影
  • Website 61℃>1988年3月に盛岡市内で撮影

盛岡市内に置かれた廃車体は、少なくとも1973年の時点で盛岡市内に持ち込まれていたのを私自身が実見しており、そして1988年の時点でもサイトの写真のように放置されていました。しかし、1978年前後に凸型電機が盛岡市内に置かれてあったかどうかは、残念ながら私は見ていません。

松尾鉱業の凸型電機は ED251 と僚機 ED252 の2輌が在籍していました。盛岡市内で私が見たものは、本当に ED251 だったのでしょうか。

凸型電機の社紋と形式プレートのアップ
凸型電機の社紋と形式プレートのアップ
岩手県盛岡市
1988年3月
Fujica HD-1 / Fujinon 38mm
Fuji Neopan 400 Presto

形式プレートをちゃんと撮影しないので断言はできませんが、画像を拡大して見る限りは ED251 である可能性が高いと思われます。少なくとも末尾が「2」には見えません。

東八幡平駅跡の廃車体の謎

では、東八幡平駅跡にあった凸型電機は何だったのでしょうか。

  1. ED251 を1973年に盛岡市内に運んで、1978年までに東八幡平駅跡に戻して、1988年までに再び盛岡市内に運んで、1993年に資料館に寄贈した。
  2. ED252 を置いていた。

普通に考えれば後者、すなわち「東八幡平駅跡には ED252 が保存されていた」ということになりそうですが、それならそれで謎がさらに深まります。

さらに深まる謎

  • 資料館には何故 ED251 を保存することになったのか。
  • ED252 はどこに行ったのか。
  • そもそも現地保存が2号機で、トップナンバーが廃棄物処理業者に譲渡されたのは何故か。

現地で取材するのが疑問解消への早道でしょうかね…。

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2006年10月22日

開業迫る京成船橋駅付近の下り高架線。

たまには廃線系サイトの管理人らしきこともすなり。京成船橋駅付近の下り線高架化 が11月25日開業と迫ってきたので、あと1カ月余で姿を消すこととなる地上下り線を撮影してきました。

下り線の高架は、地上から見上げる限りは架線も繋がってほぼ完成しているような感じですが、実態はレールの搬入こそ済んでいるものの、枕木への締結はまだ半分くらいの様子。駅のホーム関連工事も京成船橋駅、大神宮下駅ともに、まだまだのようでした。

地上線を走る3300型
地上線を走る3300型
海神5号踏切 / 海神−京成船橋
京成上野方を望む
2006年10月

地上の京成船橋駅を出発する3500型
地上の京成船橋駅を出発する3500型
こんな光景もあと1カ月余りで姿を消す
船橋1号踏切 / 京成船橋−大神宮下
京成上野方を望む
2006年10月

地上下り線を走るスカイライナー
地上下り線を走るスカイライナー
このアングルでは、上り線の電車はもう見えない
船橋8号踏切 / 京成船橋−大神宮下
京成上野方を望む
2006年10月

地上の大神宮下駅を通過する3400型
地上の大神宮下駅を通過する3400型
高架線を覆う屋根が完成した
大神宮下1号踏切 / 大神宮下−船橋競馬場
京成上野方を望む
2006年10月

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京成船橋高架化 下り線の海老川橋梁が姿を現す(2)
2006-02-13
京成船橋高架化 下り線の海老川橋梁が姿を現す
2006-01-19
京成船橋駅高架化 1-3 / 大神宮下駅付近
2005-06-19
京成船橋駅高架化 1-2 / 京成船橋駅東側
2005-05-29
京成船橋駅高架化 1-1 / 京成船橋駅西側
2005-03-20
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2006年02月13日

京成船橋高架化 下り線の海老川橋梁が姿を現す(2)

京成本線海老川橋梁
海老川を渡る京成線の高架橋
2006年2月
京成船橋−大神宮下
左手が京成成田方面

例によって、京成本線「京成船橋−大神宮下−船橋競馬場」下り線高架工事の続報です。海老川を渡るコンクリート橋梁が姿を現しました。先日報告した赤い鉄骨は工事用の仮桁だったのか、本桁よりも上方に持ち上げられているように見えます。

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京成船橋高架化 下り線の海老川橋梁が姿を現す
2006-01-19
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2006年01月19日

京成船橋高架化 下り線の海老川橋梁が姿を現す

海老川の京成高架
海老川を渡る京成線の高架橋
赤い鉄骨の橋桁が下り線用
京成船橋−大神宮下
左手が京成成田方面
2006年1月
海老川の京成高架
下り線の橋桁も架かった
手前の上り線とは幅がかなり異なる
京成船橋−大神宮下
京成成田方を望む
2006年1月

京成本線「京成船橋−大神宮下−船橋競馬場」下り線高架工事の続報です。海老川を渡る部分に、橋梁の礎になると思われる鉄骨が架かりました。一部の区間しか見てませんが、下り線の高架は踏切の直上を除いてほぼ姿を現しているようです。

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京成船橋高架化 進む下り線工事
2005-12-03
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2005年12月31日

大晦日の日暮里駅東口

日暮里駅東口

舎人線の高架

新交通 日暮里・舎人線 の高架が、大きな姿を現していました。ホームの屋根らしき構造物も見て取れます。今年2月の時点では橋脚が建つか建たないかという段階でしたから、工事は着実に進展しているようです。いつの間にか駅東口の階段も迂回させられていました。開業は平成19年度中の予定ですから、しばらくは降りるたびに変化する日暮里に驚かされることでしょう。

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2005年12月21日

高千穂鉄道の廃止が決定した。

台風14号による大規模な被害で長期運休に追い込まれていた高千穂鉄道は、20日に行われた役員会で現行の枠組みでの鉄道存続を断念しました。災害復旧を諦めて廃止された鉄道というと、南部鉄道、草軽電鉄、鹿児島鉄道(南薩鉄道)あたりが思い出されますが、高千穂鉄道も残念ながらその仲間入りをしてしまいました。

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2005年12月03日

京成船橋高架化 進む下り線工事

京成海老川高架橋

京成本線「京成船橋−大神宮下−船橋競馬場」下り線の高架工事は、着々と進んでいるようです。

海老川付近では、渡河する部分こそまだまだですが、前後は高架橋がほぼその姿を現していました。高架の上り線を行くのは、3500型非更新車です。「海老川を渡るスカイライナー」の写真と比べて、わずか半年でずいぶんと変貌を遂げています。2007年3月に予定されている下り線の高架開通に向けて、まずは順調な仕上がりでしょうか。

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Website 61℃ > 京成船橋駅高架化 1-2 / 京成船橋駅東側

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